「国会議員秘書」って何しよん? ~市長選挑戦へのきっかけ~

LINEで送る
Pocket

LINEで送る
Pocket

「”国会議員秘書”って、何するんやろう?」

が、私が最初に思ったことでした。私が就かせて頂いた、磯﨑仁彦先生は参議院議員。東かがわ市から高松はもちろん、観音寺や瀬戸内の島々まで、県下全域が選挙区のため、秘書時代は西へ東へ、南へ北へ。香川県中を走り回っていました。

私が国会議員秘書として勤めていた中で、大きな仕事、特に東京ではなく地元秘書としての大きな仕事は2つありました。

①地元の意見・要望をお伺いして、国に届けるパイプ役になること

②国会議員本人に対する地域からの支持を集めること

国会議員本人の代わりのとして、上記2点が大きなくくりでの仕事であったと感じています(うえむら個人が国会議員秘書を経験して感じたことです。国会議員秘書の皆さんの意見を代弁するものではありません)。

 

県内の食事情を把握しておくことも大事なのです。本当に。

①地元の意見・要望をお伺いして、国に届けるパイプ役になること

在職中、本当に多くの地域の方々、業界団体の方々、そして、各自治体の方々と関わらせて頂きました。ある地域では極めて大きな課題であることが、また別の地域ではそうでもなかったり。県内の業界団体の皆様が感じられている課題も、またそれぞれだったり。さすがに詳細は書けないのですが、本当に多くの方々と関わらせて頂き、対応させて頂きながら、私自身が勉強させて頂きました。

どうしても、「国」という単位でしか解決できない課題は存在します。各所から伺った意見・要望を国に繋ぎ、既に支援策が既存のものとしてあれば、その支援策をご案内させて頂き。無ければ、要望として国にあがるように調整したり。

国会議員本人は、地域を代表して国政に送って頂いているので、国全体の利益となることは前提として、如何にして香川県をもっとよくすることができるか、ということを常々思案しています。そのフォロー、代理を行うのが国会議員秘書の重要な仕事のひとつです。

 

②国会議員本人に対する地域からの支持を集めること

香川県で選ばれた、地域の代表として国政に送ってもらっていることから、「選挙」という皆様からの審判を受けなければなりません。しかし、国会議員本人は365日休みなしで動いており、かつ、多くの場合平日は東京で国政に当たっており、地元で活動できる期間は休日が中心となってしまいます。そのため、地域の有権者の方々とコミュニケーションを図れる時間がかなり限られてしまいます。

そこで、秘書の出番です。議員本人の代わりとなって、県内の行事・会合に出席させて頂いたり、支援者さんにご挨拶させて頂いたり。今現在、私の活動の中心にもなっておりますが、新しくご支援をいただけるように、企業やお店、個人宅を訪問してご挨拶も大事な仕事です。時には厳しい御言葉を頂いて肩を落とすこともありましたが、そこは自分自身が惚れて力になりたい、と強く想っている議員のため、くじけずに活動していました。

 

そんな議員秘書ですが、日課を一例にしてみました。朝早くに業務が入ることもありますし、選挙が近くなると全く違う体制になりますが、ご興味あれば、一例として参考にしてください。

~~~~~

08:30 事務所へ出勤~事務作業

10:00 地元行事へ議員の代理として出席

11:30  事務所にて自治体からの意見・要望対応

13:00 支援者さんや友人と昼食

15:00 支援者さん挨拶回り/新規開拓

18:00 御案内頂いた会合へ代理出席

21:00 帰宅

~~~~~~

あくまで一例で、行事などへの代理出席だけで1日がパンパンになることもありますし、1日中外に出て県内各地をウロウロすることもあります。なので、新しい人や団体、社会、文化、環境に触れる機会が本当に多かったです。特に私の場合、中学卒業後すぐに陸上自衛隊に入隊し香川県を離れたことから、東かがわ市だけでなく、高松や中西讃、海近くから山間部、そして小豆島や直島をはじめとした島々まで行けることが本当に新鮮で、やりがいを感じるひとつでした。

参院選に勝利した時の事務所にて。3か月ほど髪を切れなかったのでモサモサしてます。

そんな中で。

自分が30代中盤という事もあり、香川県内の同世代の方々と関わらせて頂くことも多くありました。各種団体さんの青年部や、地域の祭りに出る獅子、奴、太鼓台、ちょうさ等の担い手の方等。これまた、多様な同世代の方々に出会うきっかけがありました。

そして、その出会った多くの同世代が「自分たちは故郷のために何ができるのか」という意識を本当に強く持っていました。自分の仕事で得たスキルを活かして、場合によっては本業とは全く違う分野で地域に関わっていたり。地域のために、自分の時間とお金と労力を惜しまずに費やしている。そんな姿に感銘を受け続けました。

そこで「うえむら一郎は、故郷のために、東かがわ市のために、何ができるのか」という事を何度も考えるようになりました。自分が東かがわ市で生まれ育ってきた環境、自衛隊や大学、PR会社・広告代理店で得てきた経験、そして国会議員秘書としてできた勉強。人口減少・少子高齢化をきっかけとして、東かがわ市が多くの課題を抱える中で、自分の人生をかけてでも東かがわ市の役に立つことができる方法。

それが「政治家」。その中でも「市長」という選択肢でした。

私は「政治家」になることが目的ではありません。東かがわ市の未来を見据えた上で、今やらなければいけないことを実行し、東かがわ市を「元気なまち、自信のもてるまち」にすること。これが目的です。市民の皆様の役に立ちたい、この一心です。

 

私自身、決して優秀な自衛隊員、会社員、秘書ではありませんでした。しかし、東かがわ市で生まれ育ち、これらの経験をもって、市長として市民の皆様の役に立ちたいと考えている。それは、私うえむら一郎、唯一であると自負しています。

 

人生をかけた挑戦まであと少し。まだまだ頑張ります。

 

東かがわ市を、一歩先へ。

東かがわラブ。