うえむら一郎 (上村一郎) オフィシャルサイト

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うえむら一郎 上村一郎 PROFILE

上村 一郎 (うえむら ・ いちろう)

  • [誕生日]

    1980年 (昭和55年) 6月10日

  • [座右の銘]

    恥ずかしがることが一番恥ずかしいこと

  • [尊敬する人]

    坂本龍馬/大谷翔平

  • [資格]

    大型自動車免許/狩猟免許 (わな猟)

  • [趣味]

    スポーツ (野球、ラグビー)

  •  

    マンガ (ドラゴンボール、他)

  •  

    料理 (卵焼き、他)

  • [好物]

    うどん、ブリ漬け丼

  • [経歴]

  • 1980年6月

    香川県東かがわ市(旧大川郡大内町)川東で、
    父:求(もとむ)、母:京子(きょうこ)の間に長男として生まれる。

  •  

    三本松保育所卒園(現在の東かがわこどもアカデミー)

  •  

    誉水幼稚園卒園(現在の大内こども園)

  • 1993年

    誉水小学校卒業(現在の大内小学校に統廃合)

  • ◎小中学校時代は学級委員長や児童会長、生徒会長などを務める。

  • ◎野球、陸上(短距離)に熱中し、陸上は小6で県3位、野球は中学時代に主将を務める。

  • 1995年1月

    阪神淡路大震災を経験する

  • 1996年3月

    東かがわ市立(旧大内町立) 大川中学校卒業

  • ◎阪神淡路大震災の救助活動で活躍する自衛隊員に心を打たれ、大川中学校卒業後、陸上自衛隊に入隊する。

  • 1996年4月

    陸上自衛隊入隊

  •  

    陸上自衛隊少年工科学校入学 (神奈川県横須賀市)
    ※現在の陸上自衛隊高等工科学校
    ※在職中に通信制高校(神奈川県立湘南高等学校)卒業

  •  

    陸上自衛隊通信学校卒業

  •  

    陸上自衛隊第6師団 第6通信大隊着任 (山形県東根市)

  • 2001年3月

    陸上自衛隊退職

  • ◎自衛隊に在籍するなかで、「もっと人の役に立てる、自衛隊のためになることができるはずだ」と思うようになる。

  • ◎20歳で自衛隊を退職し、2年間の受験勉強を経て、中央大学法学部政治学科へ進む。

  • 2003年4月

    中央大学法学部政治学科入学

  •  

    政治学を専攻し、安全保障論を学ぶ

  • 2007年3月

    中央大学法学部政治学科卒業

  • ◎国家公務員Ⅰ種をめざして、大学の給付奨学金を受けながら政治学を学ぶ。

  • 2007年4月

    株式会社電通パブリックリレーションズ入社 (東京都)

  • ◎民間企業での経験が必要だと考え、卒業後に電通の門を叩く。

  • 2009年6月

    結婚

  • 2010年5月

    株式会社 電通 出向

  • 2013年5月

    株式会社 電通パブリックリレーションズ 帰任

  • 2015年3月

    株式会社 電通パブリックリレーションズ 退社

  • ◎業務を通じて様々な企業と関わり、流通と情報発信のノウハウを身に付ける。

  • ◎生き様に心を打たれた国会議員より声を掛けられ、秘書として働くことを決める。

  • 2015年4月

    国会議員秘書 (香川県)

  • ◎8年務めた電通を退社し、香川県に帰郷する。

  • 2017年12月

    日本政策学校入会 (12期生)

  • ◎秘書として政治の現場を学びながら、東かがわ市の未来を描き続ける。

  • 2018年3月

    国会議員秘書を退職

  • ◎東かがわ市のために、市長選挙に挑戦する決意を固める。

EPISODE

幼少期

  • ・「泣いたら手袋工場へ」が家族の合言葉。
    どんなに泣いても、祖父の手袋機械の音を聞かせると一発で泣き止んでいたそうです。
  • ・とにかく、外で遊ぶのが好きでした。
    庭に、広場に、運動場に。その分、ケガも多かったですが、典型的な「男の子」でした。
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小中学校時代

  • ・学級委員長、児童会長、生徒会長をずっとやっていました。
    「周りをもっとよくしたい」子ども時代からの想いです。
  • ・陸上と野球。ひたすら部活に打ち込んでいました。
    陸上は県3位、野球は強くはありませんでしたが、仲間たちと白球を追い続けた日々は宝物です。
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自衛隊時代

  • ・大川中学校を卒業後、陸上自衛隊に入隊。 阪神大震災に災害派遣で来ていた自衛隊を見たのがきっかけ。
    「困っている人を助ける」その想いひとつでした。
  • ・訓練は厳しいものでした。「『限界』は自分で勝手に引いている一線だ!」 30キロの荷物と5キロの銃をもって走る訓練時にあった、上官の言葉です・・・。
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大学時代

  • ・「文武遊全道」。勉強もして、運動もして、遊ぶことをモットーとした4年間。
    海外インターン、ラグビーサークル、国内外貧乏旅行。
    充実した学生生活でした。
  • ・専攻は「政治学 安全保障論」で9.11テロ時に駐米大使をされていた柳井俊二教授に師事。
    「大学で安全保障を学ぶ元自衛官」としてメディアの取材も受けていました。
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サラリーマン時代

  • ・「自分が好きなものを、多くの人に知ってもらいたい」と考えて、PR会社へ。親会社への広告代理店にも3年間出向。情報社会の最先端に身を置いていました。
  • ・華やかな業界イメージとは裏腹に、満員電車の通勤と、深夜までのパソコン作業、デスクで食べるコンビニ昼食。早朝から深夜まで、ひたすらに仕事をしていました。
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議員秘書時代

  • ・「自分が憧れる政治家の力になりたい」と思い、Uターン転職を決意。政治の世界の厳しさと重要さ、そして楽しさを教えて頂きました。
  • ・香川県全域が選挙区のため、東かがわだけではなく、高松、中西讃岐や島々へ。全域を回っていくなかで、香川県中に仲間ができました。
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